[PR] 在宅アルバイト  兵庫の求人・転職 オール電化 
teacup. ] [ 無料掲示板 ] [ プレミアム掲示板 ] [ teacup.コミュニティ ] [ ブログ ] [ チャット ]

新着順:17/100 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

(let's) GO-LEM

 投稿者:ばん まい  投稿日:2007年12月19日(水)08時09分4秒
  通報
  絶学無憂(『老子』第20章)という説に「そうだそうだ、その
通りだ・・・唯と阿と相い去ることいくばくぞ・・」などと
同意することに苦はなかった。 しかし、この説を肯定するには
わたしはまだ考えが足らぬという気がする(当然だな)。

学=知とは何か。 追求したところでどうにもならんと了解した
なら老子に頷けようが、まだまだ追求途上、いやいやまだ何も
考え始めていないうちに憂いにばかり気を病むなヨ、小心者。

レム (Stanilaw LEM) というひとの作品への書評を読むまで、
「器や環境が発想を縛る」ということを打ち破ってみたいという
気がなかった。 いよいよ歳をとってきたら「自己」「御自分」
様がナンボのものと思えるようになってきて(よかった)、
そのナンボのものを超越しているものを眺めてみたくなった。
超越の度合いが大きいほど面白い思いができそうだ。

「天才コンピュータ」GOLEM (General Operator, Longrange,
Ethically Stabilized Multimodelling)が人間に向かって垂れた
講義録『GOLEM XIV』を読んだら、これまで生きものばかりを
眺めていた頭の頂にパコンと窓が開いてぴよぴよ(でも、また
トリかい)して来た。 GOLEMは、こんなことを言う。

<進化>は<知性>に達しかかっている創造物の手綱をまだしっかり
と締めつけているのだということを知っている者にとって、愛
が何の役に立つというのか。 そのことを知っているから私(GO
LEM)には愛はなく、それを持とうとも思わない(後略)

ヒトが、生命という枠を取り払って想像したつもりになった
ことをどの程度まで記述できるのか、この本で読んでみたかっ
た。 わたしの想像力の貧しさも手伝って、「枠」は、チラり
ホラりと外れかかった気にさせて貰ったように思うが、明かに
外れるとは感じられず(無理なのか?)、外れ得ていないこと
を記述技術にて隠されてしまっていた印象が残った。

(やや話が飛ぶが)近頃の「システムバイオロジー」の内容
の貧しさ(単にマシン使って各種スクリーニングの高効率化を
やってみたいだけなのか?)とともに、学界の暢気ぶりが気に
なる(もっと面白いものを読みたいんだよ!)。 生命の枠を
チラホラとでも外す記述は、学界から発されるものとどこかで
期待していた。 甘かった。

(多分、続く)
 
》記事一覧表示

新着順:17/100 《前のページ | 次のページ》
/100