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仕事のこと、市場、

 投稿者:まい  投稿日:2017年 4月 5日(水)23時28分48秒
  こちらをずいぶん放ってしまった。注目されていないと踏んで、書きちらす。何年か前の投書を読めるが、まーぁ何とお堅くて面白くないことか。何年か経って少しでも面白くなってくれているとようのだけれど。

=====
変な自信がある。画面を特別なペンでつついて操作するPalmという機械が電子手帳やメール読み機として使われていた前世紀終わりの頃、そのPalmが発展して今のスマホのような画面を触って操作する機械が出てきたら、使いやすそうでよい、と考えたことがあった。賢いとか凄いということではなく、Palmという存在があったので将来への希望を持ち得た。

その時とちょっと似たような、将来臭とでもいうようなものを嗅いだので、ここを更新する気になった。スマホのカメラで読み取りを行う検査機器や顕微鏡類似の光学製品についての報告を見た。かなり素晴らしい。今後2050年までに97億人に達すると予想されている世界人口の増加分の半分に加担するアジアとアフリカで、これは使える。
Targeted DNA sequencing and in situ mutation analysis using mobile phone microscopy
http://www.nature.com/articles/ncomms13913#author-information

その人口増加地域でのこういうものを持ち込んでの商売は、所謂3K仕事にならざるを得ないと思う。そして、その3K仕事を避ける場合、恐らく何だかとても姑息で人間味のない商売をやるしかなくなる。

このデバイスについての報告を読んで、スマホ以前のスマホの話を自分で思い出したら、「最後の巨大市場」に今後、向かって行ける気がした。
 
 

生命科学ショウ

 投稿者:まい  投稿日:2014年 1月 7日(火)06時53分19秒
  現在ラスベガスのあの巨大会議場では、CESと呼ばれる消費者向けエレクトロニクス製品の大掛かりな展示会が開かれている。報道媒体は毎日その展示会の様子を伝えている。携帯電話、パソコン、テレビなどの新製品・新趣向についての発表が各メーカーから次々と行われるからだ。

電器についての発表会がこうやって注目を集めているのは、これらが楽しさ・便利さをもたらすと期待されているからだ。なぜこの騒ぎが生命科学分野で起こっていない?と、ふと思った。

アメリカでは現在、一人当たりの年間の保険料に給料のひと月分を注ぎ、それを集めた保険会社が、高級車の新車みたいな値段の先端医療の面倒を見てくれるのだそうだ。データでは見ていたが、知人の話として聞くと、どえらく高い医療費に驚かされた。医療はまだウン十年前の電器のように、まだそれで何ができそうなのかを示せていないし、恩恵にあずかる人が限られているが故に恐ろしく高額なものになっているのだろう。

消費者向け電器製品のように、それを誰もが手にできるようになると値段は「高額」ではなくなる・いられなくなるのではないか。そして、楽しさや便利さへの期待から毎年の展示会ではどのような新製品・新趣向が発表されるのか注目され、発表したらしたで「画期的だ」「あれを新しいと呼べるだろうか」「ぜひ使ってみたい」「これが欲しかったのだろうか」などなどとあれこれコメントされる。注目されるカッコよさに惹かれる若者はその業界で働こうと思ってもくれよう。そして、応えるべき期待があれば新製品・新趣向をひねり出すことに懸命になれそうなものだ。

生命科学業界の我々もこの期待とコメントとに晒されたらどうだろうか。新製品・新趣向をひねり出さざるを得なくなり、医療イノベーション云々と躍起にならずとも新製品開発が日常的になるだろう。CESのようにド派手に開発の様子を競って発表する生命科学ショウの機会が毎年あったらよい。

自前面子ではじめてみるか・・・。
 

「よい」録音

 投稿者:ばん まい  投稿日:2013年 4月14日(日)07時40分11秒
  イヤホンの好みが似ているライター(記者)を同定してひとまず喜んだのだが、どうもその記者氏であっても、「よい」録音の好みまで同じではないような気がする。大概の場合「よい」録音というのは、出力や構成、音質のバランスがよくて雑音が少なく、音の装飾が品よくまとまっているものを指しているようだ。私はそういうものは優等生録音として聴いていて、それはそれは美しいなぁと思うものの、まぁ、面白くはない。イヤホン同志のライター氏が「信頼している」らしい「耳」をお持ちのオーディオ製品記者のご同僚も、優等生録音を挙げては下さっても、違う点が「よい」録音はご指摘くださらない。オーディオ製品の能力評価には優等生録音が最適なのだろう。

昨日イヤホン同志氏やご同僚氏の列挙して下さった優等生録音を聴いて、「違う点」というのは、人力の生々しさが漂うかどうかというところを指している、という気がしてきた。レコードの仕上がりにある曲がライブ一発録りの場合のように各パートの目一杯な主張が深遠重厚な公倍数によって調和したものになっている録音が好きだ。優等生録音では、この公倍数の感じが軽い。体よく妥協点というか軟着陸点というか・・と呼ぶべき調和を見つけているというように聞こえて、面白くない。どれだけ遠くにどれだけ重い(調和に苦労すればその重さが増える)公倍数が位置しているか。その遠さ・重さによってあるレコードはひとの仕事の生々しさを聴かせる人力爆発盤になると思う。
 

Go DGedge go

 投稿者:ばん まい  投稿日:2013年 2月23日(土)07時42分50秒
  コンサートに行きたくなった!エゲレス・ブリストルってどこだよ?あああああ火が出たら出て来られなさそうなエエ感じのライブハウスだ・・。行きてぇー。ロンドンの東だ。電車かバスで行けそうだなー。鮭しか食べるものなさそうだぁな。
http://www.thefleece.co.uk/events/index/all-countries/all-cities/all-venues/all-tags/2013/may/3

日本の皆さんにもこんな機会が!
http://www.qetic.jp/music/the-wedding-present/94316/
 

N社製CD用アンプ

 投稿者:ばん まい  投稿日:2013年 2月17日(日)06時37分18秒
  昨日自分のことと一緒に持ちに持ち上げたSeamonstersの、レコードはよく鳴ってくれるもので、ではCDもちゃんと・・などということを考えて、CDの読み取り信号も増幅させるべく、アンプを買ってしまった。いそいそとまた持ち帰り用の巨大買い物袋を持って店へ出かければ対応してくれた兄さん、「ぼんじゅーる!前にL社のアンプ買った人でしょ!」だと。参ったね。その通りや。

狙ったアンプに在庫あり、喜び勇んで聴くぞ聴くぞー、と帰ってきた。またごじゃごじゃと配線をやり直して(実にどーしよーも無いCDプレイヤー使っているもので)、さてディスクを回せば・・・。おお、よう増幅しよるしよる。音の鮮明なこと鮮明なこと。ただしディスク演奏では音が鮮明過ぎて、この録音の荘厳な団子音像が味わえませんな。なぁんて、もの知ったかのようなこと言ってをります。

祝・アンプ導入ディスク信号増幅ということで他に聴いたものといえば、LPできれいな盤がまだ無い、in utero / Nirvana。これはディスクで十分荘厳で団子なので、ぜひぜひぜひぜひ好いヴィニルが欲しい・・。それにしても、当方の耳にはER社4S以上に透徹した爆音の出るイヤホン/ヘッドホンが無い。アンプ入れて録音のよいCDをER-4Sで聴いたら、異次元へぶっ飛べる。
 

TWP / Seamonsters

 投稿者:ばん まい  投稿日:2013年 2月16日(土)08時02分9秒
  頻繁に更新しないのをよいことに、らくだ板に向かないこと(よりクドいこと、かな)をこちらに書いてゆこうか。

このSeamonstersという1991年発表のアルバムがとてつもなくよい。とても気に入っている。

まず、楽器の音がどれも生々しく厚みがあって、好い。そして、その音の盛り方というか配置というか(音像、とかいうらしい)が整っていて、好い。音の響き方も、どこまでも伸び行く感じで果てしない(そして掴みどころがない)ものとは逆の、決まった立体の中で最大限の出力に聞こえるもので、更に好い。この音は、ヘタレなラブソング、といった風の曲を演奏することで得られている。歌詞も歌唱も結構ヘナヘナしている。それで、いつも変な希望があって、明るい雰囲気のアルバムになっている。ただしどのパートも華のあるロックバンドがゴリゴリ、といった力のこもった演奏をしていて、誠にカッコよいことになっている。同じようにカッコよい演奏のより透徹した音の盤も見つけたが、こちらは雰囲気が暗いため、最も気に入りにならなかった。

このアルバムに行き着いて・それを作家の意向にあるようにヴィニルで・しかも気に入りの機器で聴けたことは、自分の音楽聴きジンセイのひとつの到達点だと思った。まぁ、今更・今になって何を、という内容の到達点ではあるにせよ。

漢字が書けないような年齢の頃からアメリカのファンクを聴いてしまい、漢字が書けるようになるのと平行して、音楽にも好みが出てきたように思う。本と違って音のコレクターが身近に居なかったので、音に関しては常時狩りに出ていて、何かを与えられた記憶がない。自分で探した作・ひとの影響で揃えた作・公開されていた評に拠って買ってみた作とを聴いてきた。音楽探しと聴きとに結構な時間を割いている。もしかしたら、本を読んでいる時間よりも長い時間をかけてきたのではないか。Seamonstersが自分で探した作の一であることについても好いと思っている。

暴力的なギター音が重い空気のようなドラム音と漆の黒をしたベースと一体になって、重厚な音の壁を作る。ただしその壁は明るくて、希望に満ちた雰囲気を振りまく。このアルバムを聴くと異様なカタルシスがあるのだが、そんなカタルシスがあるのは何故かといえば、これまで費やしてきた時間が無駄でなかった気になれるからではないか。強さ・黒さ・厚さ・明るさを備えたものに行き着けて、「よかったね」と思えるからではないか。そういうものを作っておいてくれて、これもまた、よかった。ありがたし。
 

まぁ、仕事のこと・・・

 投稿者:まい  投稿日:2012年 7月27日(金)07時13分10秒
  保守ばかりもナンだし、なんだかネタも少し溜まったし。

商売仕事ではよく、即戦力になる人材を探しているなどということが言われる。即戦力というのは、身体の運動能力とほぼ同じことを指しているのだと思う。見本や手本がない上に身動き以外の手段で説明された動きを実際に動いて再現・表現する能力を指す。幾つも見本や手本と同等のことを語るより、高効率に次から次に動いてくれたほうがよい。これができるかどうか・その運動能力が高いかどうかは、履歴書と面談からは判りにくいのではないか。人事部の苦労とはこういうところにあるのかも知れない。同じニオイを嗅げる人物が即戦力選抜人事にあたるのが最も手っ取り早いと思う。そうしたら、口ばかりで実のところは動けない者を釣ってしまうことがなかろうに。

哲学者として喰って行くには、クダランことをああだこうだと勿体ぶってダラダラと述べる能力が必要、などという冗談を聞いたことがある。商売仕事では哲学者向けのそういうカッコよさは発揮して呉れなくてよい。ただし現実では、先述の「口先ばかりで実は動けない者」が哲学者ばりのダラダラを展開しているものだ。各個の人間から大小組織に至るまで、非効率にジリジリ動くことに時間を使う余裕は、無い。より短時間のうちに完璧の上を行く準備をし、何が必要なのかを絞りに絞った上で高効率以上の動きでその必要に応えるということにあたれば、成果が出る。
 

また保守

 投稿者:ばんまい  投稿日:2012年 7月24日(火)03時34分40秒
  閉めるのはすぐできても、トップページ書き換えることはすぐにできない。
しばしこんな調子でサイト維持だけしておきます。これ読む羽目になったみなさま済みません。
 

保守

 投稿者:ばん まい  投稿日:2011年12月 6日(火)05時35分2秒
  なんか、デカい広告出ちゃって・・・こちらは閉めようかなぁ。  

面白くなくても笑う

 投稿者:ばん まい  投稿日:2011年 4月10日(日)06時03分6秒
編集済
  芸人さんは芸で人々にウケたかろう。わたしは自然科学学徒連の末席を汚す者として、
自然科学をうまく活用して人々にウケたい。

いかにウケるかを従って日々考えていて、そのなかで、感傷に支配されない判断なる
ものを、自転車漕ぎ・水泳・立体視(丁寧な解説例 http://ammo.jp/cursor/9712/03.html
のように鍛えて身につけて貰えると助かるンだよなぁと思っている。

笑い云々というのはそういう訓練の時に引っ張ってこられるネタで、文字通り面白
可笑しいという以外の笑いがある、というところがネタの核心。寺田寅彦が「特殊な
笑い」「変則的な笑い」「対象のない笑い」と書いている。あるひとは先の地震の時、
「本当に怖い時(、)人間(は)笑う」ということを観察したと書いていた。笑いは
面白おかしいことと殆ど直結していると考えられがちなので、「笑いは健康によい」
などと余り疑問を伴わずに言われる。しかし寺田における「特殊な笑い」は、「健康
のぐあい」のよい時には出現しなかったという。

この笑いの例のように、一見前向き・明るいもの、ここでは楽しさ・面白さ、あと、
健康や自然保護のようなことを助長するものごとに疑問を抱くことは、感傷的な理由
から簡単でない。しかしあえてその難しさとクールに対決して行かねば、自然科学が
人々にウケるには至らない。このあたりの説得は理攻めでは成就しないから、どうした
らよいかな。

寺田寅彦
笑い
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2443_10322.html

上記で寺田の云う、緊張と関連した「変則的な笑い」については、カント辺りが主張
していた模様。学徒による寺田分析の続きの最前線としては下記が好例で、ここで挙げ
られている文献にあたれば、カントの原典は見つかるとおもう。

A. Peter McGraw and Caleb Warren
Benign Violations : Making Immoral Behavior Funny
http://leeds-faculty.colorado.edu/mcgrawp/pdf/mcgraw.warren.inpress.pdf

(追記)
上の論文は、下記経由で見つけた。こういう記事がなければ、専門外の論文を選ぶのは
簡単ではない。書いてくれてどうもありがとう>筆者氏
Anatomy of the funny bone
The psychology of humor
By Merrell Noden ’78
http://paw.princeton.edu/issues/2011/01/19/pages/9273/index.xml
 

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