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表現いろいろ

 投稿者:まい  投稿日:2018年 1月19日(金)03時26分8秒
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  新聞に連載中の書家へのインタビュー記事が面白から読んでみたらと何人かに教えて貰って、読んだ。確かに面白くてインパクトがある言が出ていて、ソウカと考えさせられた。芸術を含むあらゆる表現は生きていることを味わうためのものであるため、同じ触れるなら、今生きているひとの作であれば、作そのものの好き嫌いや通り一遍の作家像だけでなく、その作に至るまでの過程の面白さや作家の動く様子や服装の趣味あたりも加味してより多様な味わい方ができてよさそうだ、などと。

表現といえば、料理教室に一緒に行くひとについてはよく考えたほうがよい。何故かというと、料理に取り組む姿勢そのものが各人の表現であり、それがありありと見えてしまうからだ。逆に、採用試験や婚活の場に、人となりを垣間見れる料理教室はもってこいかも知れない。職場の同僚と部署のイベントで料理教室に参加させられたら、それぞれの様子と手際の悪さが余りに衝撃的であった。妙に他人のまな板周りの掃除をしたがる奴とか、包丁に野菜くずがびっちりくっついていて平気の平太な奴とか、かがんで生姜をゆっくりゆっくり糸のように切り刻む奴とか・・・。あと、さて盛り付けということになったら、全員の分を分担して行うのではなく、全員が即座に迷うことなく各自の皿を手に自分の分だけに取り組んだところが凄惨であった。
 
 

なんだかなぁ

 投稿者:まい  投稿日:2018年 1月17日(水)03時54分7秒
返信・引用 編集済
  全く不謹慎なことに、とあるベタ褒め追悼文を読んで、こういうものを書かれてしまうようでは困るじゃないか、と思った。発表されていた追悼文は表向きのものだったと言える。その表向きのものが、あれほどツマラナイものであってよいのであろうか。読み手の好奇心に応えやしなければそこそこ品行方正な人物であればどの故人にでも使いまわせそうな追悼文なぞ、寄せぬ方がマシだ。故人には追悼文への口出しができないにせよ、生前そういう追悼文を寄せ付けるようなお人好しで居たわけで、そこまでのお人好しであるためにはそのための努力が要る。サイエンスの賑わいを望むサイエンスの神さまにしてみたら、このツマラン追悼をされた人物ほどの秀才なら、お人好しでいるための努力などどうでもよいから、その分サイエンスにこそ貢献して欲しかっただろう。私が知る限り、使い物になるレベルのひねくれ者であったので、余計惜しい。

少年易老学難成
一寸光陰不可軽

最期に近い時に自身の様々な堕落と闘えるものは自分の知性でしかない。誰もてめぇの堕落を助けたり軽減してくれたりなぞしない。知性だけが、加齢に伴って誰もが襲われる、やりさえすれば今よりも満足するとわかっていることに手を付けない面倒くさい病と対決でき、打開の道を示してくれる。年寄りになってからでも勿論知性は鍛えられるが、面倒くさい病が強大になる前にやっておかねばならない。老いも若きも、断じて、他人から見たお人好しでいることに心血を注いでいる場合ではない。
 

Soundbreaking

 投稿者:まい  投稿日:2018年 1月 9日(火)05時11分58秒
返信・引用
  考えごとをするときにこのドキュメンタリを流し放しにしておくと、シーンとしたところに居る場合よりもあれこれを思いつける。それほど好みのドツボにはまった作品。音声部分のみでも通勤時に聴きたいくらい、気に入っている。

証言で出てくる人が全員楽しそうであり、かかる楽曲(ロック、ポップ)が全て輝いている。この作の中に、自分がやりたいことがギッシリ詰まっているのだと思う。わたしの対象が音楽でないだけだ。長く生きているヲトナなのでドキュメンタリを真に受けているというより、この作にあるようにお客さんにワクワクして貰えるものを、ドキュメンタリにできるような展開とともに世に出したいと考えている。

http://soundbreaking.com/
https://boutique.arte.tv/detail/soundbreaking_serie



 

好奇心あふれる人々

 投稿者:まい  投稿日:2018年 1月 5日(金)03時45分18秒
返信・引用 編集済
  年頭に、尊敬する大先生がメッセージを下さった。「暇そうだな!」などとお相手頂け、嬉しかった。この大先生という方が底も天井も知れぬ好奇心の持ち主で、年末にお届けした実によくあるカレンダーの、実にちょっとしたこと、しかし私あたりじゃ気付いていても話の展開に困るから取り上げられないようなことを訊ねられた。先生は恐らく、たとえば今回では、「暇そう」以上のことを差し上げたメールから読み取ろうとされたし、ちょっとしたこと以上のあれもこれもをカレンダーに見出されたのだろうと思う。

あれもこれもということで思いつくのは元職場二か所の上司で、当時の同僚達からワンマンであるとかもの言いがキツいとか文句を聞いていた二人だ。この上司らも、自分の好奇心が故に、口にしなければ見てもいないようでいて人・事・物のことをよくよく観察していたのではないかと今になって思う。同僚と異なり、ああいうワンマンやもの言いで私は嫌な思いをしなかった。

これら好奇心にあふれる人々は、どの角度・切り口・場面・状況であっても、その強力な好奇心の存在が明らかであるため、どうしたところでその好奇心のもとで築かれたその人の土台のようなものに敵いようがない。先生にお相手頂けることは純粋にありがたいこととして、上司にこういう人物が居てくれたことも、幸運の産物で、ありがたい。

意外なことに、好奇心あふれる人はそうゴロゴロいない。しかも、行儀と同様で好奇心を大人に後付けすることはほぼ不可能だし、好奇心は恐らく体調や心境の影響を大きく受ける(ヘミングウェイ「キリマンジャロ」にも説かれている)から、疲れたり折れたりする機会が経時的に増える大人という集団のうちにある好奇心あふれる人の数は減るしかない。そして、世の中で好奇心あふれるひとが就く職として想像されているところに、想像通りに好奇心ある人々が居るわけでもない。

輝く(金の)心を探していると歌われるニール・ヤングの若い頃の作は感動的だが、大人はそこそこ育ったら、好奇心あふれる魂にこそ出会いたくなる!

==========

年末・年始と好き勝手できてありたがたかった。今後五年くらいのキーワードは「好奇心あふれる人々」に決着。これまでは「大胆」だったかな。ありがたくもよくよくお育ちになったので、準備が揃えば大胆になどすぐなるでしょう。
 

通常営業開始

 投稿者:まい  投稿日:2018年 1月 4日(木)03時19分45秒
返信・引用
  あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー仕事だーーーー。
服はクリーニングしてある、靴は磨いてある、手帳は新しい紙。
休めたお陰で手足や顔の荒れが引いた。体重は幸いにも横ばい。
いまいち楽しい出勤でなかったところに、朝荒天でヤル気激減。
いやまぁ、でもヲトナだからさ、雨合羽と長靴で、出かけたさ。
 

新年2018

 投稿者:まい  投稿日:2018年 1月 2日(火)20時18分29秒
返信・引用
  今年も皆さまによいこと沢山ありますように。
当所をご覧くださり、どうもありがとうございます。
 

ニール・ヤング

 投稿者:まい  投稿日:2017年12月30日(土)04時11分51秒
返信・引用
  ふと、ニール・ヤングの姿をネット上で観てしまった。それで、更新とか片付けをやりながら、これらがひと段落したらニールを聴きたい聴きたいと考えて過ごす羽目になった。靴磨きもやって郵便物も出してしまって落ち着いてから、大好きな拙変則オーディオでディスクを鳴らした。

ニール・ヤングは、カッコよくない。若い頃からオッサンの風格をびしびし放っていた。それというのもあの色気皆無の高音ミャー声と、どう聴いてもがしがしキタネーエレキギター音のお陰だ。それでも、断じてカッコ悪くない。あと、間違っても、ニールが聴こえてきて「これ誰だっけ?」ということになりようがない。素朴さや実直さもここまで揃うと暴れるものなのだと思わされる音を聴かせてくれる。

ちゃんと売れる「創作」ができている音楽家が身近にいて、実にありがたいことに、そういう一味も二味も違う作を世に送り出してくるひとの様子を眺められる環境にある。こちらから見たら天才肌のそのひとでさえ、会心の作というものはそう出てこないと感じているように見える。時間と手間と努力と焦燥と工夫とが積もりに積もった先に、「これ誰だっけ?」と言わせない作がようやく姿を現す。

この音はやはり、オッサン・ニールの魂なのではないだろうかと思う。「心は捧げたというのに欲しがられた」とディラン御大が説いた、魂だ。出てくる際に、着飾ったり飾ったりする必要が無い。多分魂には、「これ誰だっけ?」ということがない。
 

ノキア、ベル研究所

 投稿者:まい  投稿日:2017年12月29日(金)05時14分59秒
返信・引用
  「お休みシーズンの間くらい、ネットから離れたところにいたらどう?たまにはネットから切れているというのも悪くないよ!それでも先に行きたいという方はここをクリックしてください」

ノキア社が出しているアンドロイド電話機について眺めようと思ったら、サイト半分をかくす真っ黒な背景のこんなメッセージがまず現れた。かつての携帯電話機の巨人が今は幾つかの電話機を作っているだけだ。黒メッセージが面白かったので、会社概要のページまで入ってみた。ベル研究所を持っているということであった。そうか。ノキアも今やアメリカ・フィンランド・フランスの連合組織なのだった。ここに至るまでの間に人材がさぞかし大いに流出したことであろう。こちらはかつてATTドメインのメールアドレスを使っていたところをかき回されたクチなのと、ノーベル賞受賞者を何人も輩出した名門研究所の凋落と聞くとやや胃がチクチクするのとで、ノキアには妙な興味がわいた。
 

あれこれのアップデート中

 投稿者:まい  投稿日:2017年12月28日(木)00時17分35秒
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  年の瀬、怠っていた様々なことの更新(アップデート)をしている。こうなるとコンピュータの中身とか靴とか台所の棚の中の掃除も、鼻紙とかローションとか掃除用洗剤とかいった日用品の買い物も、片付けているというよりも更新という行為のひとつに感じられる。

これらの片付け事が一通り終わって、では映画でも眺めるかという気になると、さてはテレビの内蔵システム上で動作していた動画配信システムが打ち切られて跡形もなく、テレビは昔通りの受信機になっていた。それで仕事用に使っていた通信機をテレビに取り付けて自宅マシンで受信する動画を映そうとしたら、以前使っていた動画配信サービスが、更には配信では世話になっていなかったもののマシン上にたまった音楽ファイルの管理をしてくれていたサイトもどこかに売られて閉鎖、実にたまにしか使わないとはいえこれまで通りにソフトを使うにはサービス提供元の乗換えが必要だった。ただしまた当分放っておくことになるので新規に娯楽サイトに登録はせず、動画はアマゾンだとかマイクロソフト経由で見ることにした。今やいろいろな会社がそういう配信サービスを提供してくれている。音楽はこの際面倒くさいのでオンラインでは聴かないことにした。こちらの更新はなかなか目まぐるしい。
 

懐かしいはなし、ありがたいはなし

 投稿者:まい  投稿日:2017年12月23日(土)06時12分16秒
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  ここ何年か年末に飛行機で移動をしていたので、今どきの街の活気や人々のウキウキした感じを眺めていなかった。魚屋にはオマール海老とか殻付き牡蠣といったクリスマス用の高級食材が並んでいる。牡蠣というと毎度思い出す話がある。

ある時フランスの牡蠣の産地の方へ「撮影」のお供をさせて貰ったことがあり、その時にディレクターさんや撮影クルーの皆さんと、流石に牡蠣を喰おうじゃないかということになった。ところが地元にある産地品は全て小粒で、「大きいものは皆パリへ行く」ということだった。それで、産地での撮影の後、パリの洒落た店で一同で大きなヤツを食べたのであった。因みにわたしは生牡蠣が好物ではないので食べなかったから、大小どちらがウマかったかは謎なままである。

大人やその道のプロの方々、友人や先輩方がこういう具合によくよく相手にして下さったお陰で、こういう楽しい思い出がある。思い出、と呼べるような時代にあっては愛用の筆記具なぞほんの一本だけで、かえって潔かった。さてこれからはそういう潔い若者の楽しい思い出の糧になれないとね。先達から注いでもらったものが多いだけに、やることが多いような気がする。
 

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