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いろいろ

 投稿者:まい  投稿日:2017年 7月27日(木)16時38分18秒
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  *すかすかと切り替わってくれるギアを載せた車を漕ぐ夢までみた。よほど触ってみたいのだと思う。自分の事ながら気の毒だ。

*他人の論文を眺めていたら、身(手?)に憶えのある現象について別角度から解釈を与えていて、感心したと同時に自分のかつての解釈の狭さが見えた。あるものごとについて「理解している」とよく自分でも言うし余所からも聞かされるが、ここでいう「理解」は大概、認識というレベル同等の狭い解釈に基づいたものに過ぎないと思う。意味・意義・進展・相関・影響などの検討を伴った認識である場合は少ない。「認識」レベルの理解の対象(内容)は、他人に伝わらない。

*ヴォーカリスト連の鬼籍入りが意外に堪えている。歌唱では人間を楽器にしているわけで、物体の楽器での場合よりも自分の中で音での好みがはっきりしている。発声のしかたが異なるからであろうが、ロックだのポップだのでの声ならば好きだ。そのロックだのポップだのの中でも、好きな声となると挙げられる程度にしかない。ただしロックだのポップの楽曲に、人声は、無いよりも使われているほうがよい。失うことでの損失が大きい声というものはあると思う。その声がきっちりと「後に聴いて貰えるように」と録音されていて、もはや新作は出ないもののいつでも轟音で鳴らせるとは、ひとの気が優しいというか宝を皆で大切にしているというか・・・なんだか堪える。
 
 

そういえば、ギアのこと

 投稿者:まい  投稿日:2017年 7月25日(火)01時34分36秒
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  高級スピーカーへの興味が薄れたので、自転車のギアに投資しようかと思っていた。そこへ、AG2Rという仏チームが提供してくれた練習車を転がす機会に恵まれ、そこで上位クラスのギアというものを初めて触らせて貰えた。

さてその上位ギアといえば・・もっと軽快に切り替わるのかと思っていた、という動きであった。自前品の如きガッチャンドッカンという次元を移るかのような切り替えではなかったが、想像していたよりも鈍く重い動きで、メカが総動員で頑張っている感じがした。それで、総入れ替えをしたところでこの程度にしか変わらないのなら、異次元に連れて行ってくれる現行ギアの掃除でもしたほうがよいのではというところへ落ち着いてしまった。

ツールでトップ選手使っているギアの変わり方は一体どの程度軽快なのだろうか。拙マシンについてくれなくて結構なので、体感だけでもしてみたい。因みに、オリンピックで選手が着用した素材の競泳水着は、ひとふた世代前のものでも、水抵抗のなさが心地よかったよ!
 

Peculiarity

 投稿者:まい  投稿日:2017年 7月25日(火)00時56分47秒
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  出張帰路、ティムバートン監督最新作(2016)を機内で観た。時間が堂々巡りする館に生きる風変わりな子供らの話は幻想的ながらもストレートな勧善懲悪話で面白かった。原題にあるように、ここで子供たちはpeculiarと形容される。この語はJapanという英バンドの曲(なんとアルバム発売は1980年だ)で知って以来、そういえば、自分の中に訳語がなかった。邦題にある、そこにただ生じてしまっている「奇妙」というものと少々異なる、それを制御するために意思をこめるしかない風変り(peculiar)な性質について主人公が自覚に向かう動機が他人を助けようと考えたことだった、というところがよかった。現実世界では腐臭が漂うような理想についてシラっとしかし徹底的に、しかも幻想的に描けている映画は面白い。シラっと幻想的という点で最近ではBirdman(2014)もよかった。

そのBirdmanは演劇人の話で、彼らはどちらかというとcrazyという風であった。その手のcrazyな人々が愛用したかどうかは別として、アップル社は自社宣伝にHere's for the crazy ones.というキャッチコピーを打ったことがあった。Crazyというよりもここはpeculiarのほうがよかったのではないかなどと考えた。ぷいと(現実には苦しんだり時間がかかったりしたことだろうが)自死してしまう表現者のほうがよほどcrazyと思える。独特の演歌感が気に入っていた2006年作の新生007映画主題歌の歌い手、失うことでの損失が大きいとされたとあるバンドのヤク漬けな歌唱担当、そして、全くもって現代的な米西海岸の好い人バンドに居て、先出ヤク漬歌唱の損失を埋めてくれていたヴォーカリストも逝ってしまった。

先週は、他人の仕事への敬意の無いさまに接してしまい、退室しないと会議室の机をひっくり返しそうになるくらいまで怒らされた(で、ちゃぶ台返しをしないようにと勿論退室したさ)。自分のことでできていないことを他人にできるわけがない。他人の風変りさなど、バートン作のように理想に動かされて表出することもなく、見世物にでも仕立てない限り現実では認識されもしないのだろう。映画の幻想的な描写と、あの歌唱を聞かせてくれていた連中が去ったという報道とに、そう怒っても仕方ないでしょと諭された気がした。
 

ツール佳境

 投稿者:まい  投稿日:2017年 7月20日(木)06時02分35秒
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  自転車ツールドフランス、今大会最後の山岳ステージの真っ只中にある。コース図を眺めただけで自分の体重を恨む(自分と自転車の総量が重いと上るのに難儀する)選手が出そうな険しい上下の続くコースになっている。

ツールを追うきっかけになった選手は大会4勝目を目指してレースの先頭にいる。参戦のない観戦のみの者からは、好く言えば着実な、悪く言えば派手さの微塵もない勝ち方をしていると見え、昨年のあっと驚くような展開が記憶にあるから、もうちょっと劇的な場面はないかなどと期待してしまう。しかしこれが選手達の努力の到達点なわけで、地味な勝ち方でしか勝ち得ない厳しい試合なのだと思う。

このツールと観客の動員数が比較の対象となる世界杯サッカーの試合は、戦争なき時代の代理戦争なのだという言説をどこかで読んだことがある。自転車競技でもチームは国への登録があり、各国メディアは自国登録チームに好意的なことを報じるが、競技では代理戦争とやや役割が異なっていると思う。個人の技も重要ながら、チームワークが整っていないと勝てないなど、どちらかというと仕事の進め方や達成について代理であれこれ見せてくれていると感じる。何を見ても今の自分にはそう見えているのかも知れないけれどもネ。
 

自由かどうか

 投稿者:まい  投稿日:2017年 7月12日(水)19時47分1秒
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  またまた十分にお育ちになってからこんなことに気がついた、というシリーズに入る話。

ある判断について、組織長による采配のひと振りで決めることができるものだろうから長に回せと請われたり、意外と早い段階で長のひと振りに委ねて放棄しようと誘われることがある。なるべく早く決着をつけるため、とか、船頭多くては事態が混乱して判断の精確さが鈍るから、とかの理由がこれらの動きの背後にあり、その理由は、苦い経験に基づいていたリスク回避策であるとも言えることは理解できる。

しかし、采配のひと振りに直行されてしまう場合が多々あり、この直行には何だか生理的な抵抗を感じている。小学校の頃の「先生に言ってやる」という返し言葉に込められた、説明も言い訳も交渉もなしに采配のひと振りによる判断にて短時間にコトを片付けようという精神と似たものを感じる。時間や手間の効率化を目指しているというよりも、効率化を掲げつつもその実効率化のための時間や手間からして無視している、つまり効率化など目指さず初っ端から判断のための時間や手間を単に除外する態度がそこにありやしないか。

権力というものをどのように自分の中に位置づけているのか、言い換えれば自由というものをいかに定義しているのかという、ほぼ人格というか思想というかが、利用可能な采配をどのように扱うのかという点に現れてしまうと思う。

勿論、いい加減にもう何らかの采配へと持ち込みたくなるといった宙ぶらりんで落ち着かないという場合もある。ただしこちらでは、特定の采配へ直行しないで多船頭の状況に対応しているだけ、末にはそれを最初から除外しているよりも救われようがある(自主性を備えた人間になれる)と見ている。
 

今更ながらに2チャンネル音声に感激

 投稿者:まい  投稿日:2017年 7月11日(火)21時20分16秒
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  ようやく揃ったへっぽこシステム用へっぽこケーブルで、譲って貰ったスピーカーのテストができた。結論:2チャンネル音声の「つくり」が聴こえて感激。

いくら二つのスピーカーから1チャンネル分の全く同じ音が美しく鳴っても、感激しやない。録音技術のマルチトラック化は、白黒写真に色がついたことと同じようにそれがなされる前後で世界・環境が大きく変ったとヒトに感じさせてくれたことだろう。左右の音の鳴り方は、それしか頭に残っていなかったから、世のうるさがたと同じく、フロイドの"The dark side"にて聴いてみるしかなかった。
 

続・へっぽこシステム

 投稿者:まい  投稿日:2017年 7月 9日(日)07時15分29秒
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  例の銀色をしたプリアンプは、変なヘッドホンに機嫌よく鳴って貰いたいがために導入した。このため大音量で使っていたのだが、これを音量を絞らねばいけない環境で使ったら、その性能のよさに腰を抜かした。スタジオからやって来てくれたスピーカーのケーブルが届く前に、へっぽこなスピーカーに使ってみたのだった。何がといえば、スタジオにあるミキサー並みに繊細な音量調節が可能なところが凄い。へっぽこスピーカーとは思えない音量の変わり方を聴かせて貰えた。こういう小型機まで手掛けていたのかどうか解らないが、Demian Martinという技術者の名前が出てきた。モンスターケーブルもこの人が関わった仕事らしい。製品が拙へっぽこの一部などと知ったら怒りそうだ。
http://www.spectralaudio.com
http://www.auraliti.com
 

「あいついないと、つまんないな」

 投稿者:まい  投稿日:2017年 7月 6日(木)23時41分14秒
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  自転車ツールドフランス真っ只中に、あるスター選手がゴール前の進路妨害の理由で失格になってしまった。このことをある報道人は、「(バンドの)ヴァン・ヘイレンからデイヴ・リー・ロス(派手なボーカル担当)取るようなもの」と発言していた。発言者の年齢が知れる云々はさておき、この失格がツールから華を取り去る様子をうまく表現している。

仕事には代役を立てられるし、優勝は他の誰かがさらって行ける。それなのにそいつが居ないと「つまんない」(註・面白くない、でもなく、つまらない、でもない)という状況は、変にココロに沁みる。楽曲の感じではやはり、フロイドの、アレかな・・・。居なかったらつまんない、というひと、幾らか居るな。
 

続・音響沼(ひとまず決着)

 投稿者:まい  投稿日:2017年 7月 5日(水)17時53分22秒
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  さて、入出力についての猛勉強の結果、やっと必要なケーブルを発注するに到った。オチはといえばミキサーでもDJでもなんでもなく、手持ちの「へっぽこシステム」のうちの一台がライン出力端子を備えた素晴らしい品なのだった。灯台下暗しというか、すぐに気がつけない愚というか。この素晴らしい品のお陰で、世の中に出回っている範疇に収まるケーブルさえ揃えれば、これでスピーカーが鳴ってくれるはずだ。

その素晴らしい品というのは、そもそも高インピーダンスのヘッドフォンのために買ったのだったが、後にデジタルファイルを扱うのに使い、更に今回はプリアンプとして働いて貰うことにまでなった。この品に支払った金額で実現できる入出力のこの豊富さは、ひとえに回路設計のお陰で実現したと思う。投入できる開発費も決まっていたであろうに、見事な成果としか言いようがない。

こうして音響の入出力のことを今更ながらに勉強してみたら、あれこれに気がつけた。まず思ったのは、現状で買える機器の多くはメーカーの思惑通りの自社機器との組み合わせ方から外れた環境に置くと、途端にその価格が言いがかりに思えるようなただの箱と化すということだ。この対応の悪さは小売値段を吊り上げて多機能化するというよりも、実は回路設計によって低価格で改善できる。

週末来同僚から問い合わせが来て説明や解釈を散々聞かされていた件で、
A = B% * C + X% * D
のXを算出すればよいのであると火曜の終業時に判り、ブチ切れそうになった。実際かなりキレたところを同僚に見せてしまったのではないか。回路設計が機器に得がたい汎用性を与えることを思い出して、やはり中身というか基礎というか・・・算数ができるできないではなくそれ以前の段階を磨かねばね、と思った。
 

自転車と電機で忙しいね!

 投稿者:まい  投稿日:2017年 7月 4日(火)21時08分3秒
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  ツールドフランスの結果を見るのとスピーカーを鳴らすための機器を漁ってカタログで勉強しているので夕方も忙しい。そこに残業なんざすると、寝る時間が減ってしまうー。ミキサーは多分、ミックスしやしないのにDJ用のものが使いやすそう。できたらデジタル入力も・・なーんて言い出すと高級スピーカー買うみたいなお値段になる。オーディオ分の予算を自転車のギアに回そうと思っていたのに、ミキサーに食われるってのもナンだしな。  

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